小説(主張)と漫画(立証)
学生の頃、古本屋でアルバイトをしました。時給は安かったけれど本に囲まれて時間を過ごせる良い仕事です。勤務は午後1時から8時まで。最初の1・2時間は社会科学系の本を読みますが長くなってくると疲れて堅い本は読めなくなります。そこで読み出すのが漫画です。店番の時に読み込んだ漫画で最も印象的な作品は「ガラスの仮面」(美内すずえ・白泉社)。少女漫画の最高傑作と評されるこの作品は、貧しい母子家庭の少女・北島マヤが往年の名女優・月影千草に才能を見いだされ、演劇界のサラブレッド・姫川亜弓と切磋琢磨しながら、女優として大成していく姿を描いたものです。作品の水準があまりに高くなってしまったため美内先生もまとめ方に苦労されています。この作品の凄みは「天才の演技」を実際に絵で示すということ。言葉でストーリーを示せば良い「小説」と具体的にビジュアルな絵を示さなければならない「漫画」の宿命的な違いが存在します。小説であれば「北島マヤはそのとき天使のような表情をした」等と言えば足りるかもしれませんが漫画では「天使のような表情」をする「天才」の演技を現実に「絵」で表現しなければなりません。これは「漫画の天才」にしか出来ない凄い技ですよね。民事訴訟における「主張」と「立証」は「小説」と「漫画」に対応するのではないかと密かに思っています。主張(訴状や準備書面)は単に言葉でストーリーを示せばよいのです。論理に訴えれば良いだけです。しかし証拠(書証や証人尋問)はそうではありません。心証形成をする裁判官にビジュアルな現実の絵を示さなければならない。医者・学者肌の弁護士は「主張」の面は強いのですが「証拠」の面に難がある場合があります。これに対し役者・易者・芸者肌の弁護士は「証拠」の面はそこそこでも「主張」の構成に難があることが多いようです。両者ともに完璧に出来る弁護士は天才なのでしょうね。