5者のコラム 「役者」Vol.35

アウェーで戦うこと

鈴木忠志氏は「演劇とは何か」(岩波新書)でこう述べます(81頁)。

能は、観阿弥が活躍した時代には農村の神事芸能、寺社を中心とした芸能でした。それが世阿弥の代になって京都へ出ることになり、都市芸能になった。そして、この都市芸能になっていくときに、他者の視線が強烈に意識されて「花伝書」や「花鏡」に書かれてあるような演劇としての演技意識が発生したのです。それまでの農村共同体の神事から、つまり共同体的な心情とか親和的な視線から切れ、自分たちの存在に悪意を持ちうるような他者の視線にも身体をさらしていかざるを得なくなったときに、能は初めて近代的な意味での自己客観化を要請され、強烈な演技意識を自覚したのです。

筑後部会には現在70人以上の弁護士がいますが、顔が見える範囲です。筑後地区の裁判所では同じ裁判官にあたることが多いですし検察官も同じような人です。自分の存在に対する悪意を感じたことなど全くありません。都会の法律実務は悪意に満ちたもののようです。依頼者獲得競争も激しいので、いわゆる依頼者向けの派手な訴訟行為に辟易させられることも多いと聞きます。これらは地域の特性によるものですが、都会でも和解は成立しますし、地方でも激しく争う事件が多数あります。私は可能な限りアウェーで闘う場面をつくるように意識しています。弁護士にはサムライ的要素がありますが、いつもホームばかりで試合をしていると、いざという時に刀が抜けなくなってくるように感じるからです。事件に恵まれ、これまで東京・千葉・岐阜・大阪・岡山などのアウェーで訴訟活動をする機会を持つことが出来て、とても勉強になりました。共同体的な心情や親和的な視線から切れ、自分の存在に悪意を持つ他者の視線に身体をさらしていかざるを得なくなる場面は貴重です。そのときに弁護士は自己客観化を要請され強烈な演技意識を自覚するのであろうと思います。

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