ゆっくりと歩くような速さで
役者52に引き続き映画「アンダンテ・稲の旋律」から。
アンダンテとは<ゆっくりと歩くような速さで>という意味の速度標語です(坂口博樹「楽典」成美堂出版100頁)。速度標語にはレント(遅く)からプレスティッシモ(非常に早く)まで13の段階がありますが、アンダンテは遅い方から6番目です。ど真ん中よりも少し遅い感じ。
印象的なのは速度標語の中でこの言葉だけが「歩く」という身体行動による表記を採用していることです。人間にとって「歩く」という速度が万人に共感できる自然な速度であることをこの表記は表象しているように私には感じられます。
現代人は皆が急がされています。かく言う私も無意識のうちに他人を急かし、自分を時間で縛りつけていることを自覚することがあります。私にもせっかちなところがあって「灰色の男たち」(@ミヒャエル・エンデ)に時間を奪い取られ本来のゆっくりとした歩く速度・自然のリズムで生きることが出来ていないと感じるときがあります。時々、時間に追われる目の前の仕事から少し距離を置いて「無用の用」(@老子)の時間を持つ方が良いようです。
私は役者9において「相談者の中には自己の役割に忠実すぎるあまり疲れ果てている方が多く存在する・弁護士は相談者に対して少し距離を置いた視点から『外から見える自分』を意識させることが有効な場合がある」と述べています。時間に縛られた過剰な役割演技を少しだけ相対化すること。一休禅師のように「ひと休み」すること。それが自分の生のあり方を見つめ直す何よりのきっかけになるでしょう。その為には短距離競争から降りて<ゆっくりと歩くような速さで>時間を生きることが不可欠です。疲れ果てた相談者が私の事務所にやってきて自分本来のリズムを取り戻し<ゆっくりと歩くような速さで>人生劇場に元気に復帰してくれたら嬉しいなあと私は思います。