因果関係の立証とは何か
因果関係の立証とは何か?法律的にも科学的にも難しい問題です。この微妙な問題に関し最高裁は次のような判示をしたことがあります。
訴訟上の因果関係の立証は1点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつそれをもって足りるものである(東大ルンバール事件判決・最判昭和50年10月24日)。
最高裁は自然科学的な証明を「1点の疑義も許されない」ものと想定しています。しかし、自然科学を少しでもやった者であれば直ぐにこう表明するでしょう。「1点の疑義も許されない」ような自然科学上の証明などあるのか?むしろ「1点の疑義も許されない」ものとして命題が表明されたならば、そのこと自体によって「科学」の名に値しないのではないか?と。最高裁が上記判示をした昭和50年代は法律学者が自然科学への憧憬を公然と口にしていた頃です。法律学者は自然科学の確実性を模範とし、これに「似たもの」として自己の確実性を高めようと躍起になっていました。最高裁の上記判示は時代の雰囲気に引きずられて形成されたものと思われます。法律コラム「不確実な科学的状況における法的意思決定」(12/4/28)で示したとおり科学とは不確実な営みです。哲学者カール・ポパーに従えば「科学的な言明」とは反証可能性のある命題の定立を言うのであり、1点の疑義も許されないような言明は、そのような言明スタイルの故にかえって「科学的」ではないのです。かかる批判を考慮したのか、最高裁も以後かような判示をすることは無くなりました。