5者のコラム 「役者」Vol.105

演劇的時空で死者と対話する

 石橋文化センター共同ホールで劇団ゼロ「水平線の歩き方」(脚本・成井豊)を観劇。幸一は35歳の社会人ラグビー選手。ある夜自分のアパートに帰ると部屋の中にどこかで見たことのある女性がいる。それは小学6年生の時に病死したはずの母。自分のことを知り尽くしているその女性はまぎれもない亡母だ。アルバムを開き中学生以来の自分の生活史を語る幸一。楽しそうに聞く母。幸一は大学を卒業後、社会人ラグビーの強豪企業に入社しスタンドオフとして活躍した。しかし試合中の怪我で膝を悪くし引退の危機に追い込まれる。名医の執刀で奇跡的に復活するも再度の怪我で再起不能になる。幸一は自暴自虐になり、酒を飲んで車を運転していた。そして交通事故を起こし現在は病院のベッドの上で死の淵をさまよっていたのだった(この構造は事後的に語られるのみ)。当初舞台となっていたアパートは幸一の観念世界。母はここで幸一を見守っていた。瀕死の幸一の魂はそこに彷徨いこんでいたのだ。母は幸一の魂に向かって「自分の肉体の処に帰りなさい」と命じる。それは死者としての母が生者としての息子に向けた切なる願いであった。(15/6/7)
 「死者との対話」というテーマは何故に観劇する者の心をゆさぶるのでしょう?世阿弥が定式化した「能」の基本型。宮沢賢治がつくった「銀河鉄道の夜」や井上ひさしが戯曲化した「父と暮らせば」。演劇的時空間とは「舞台でしか作ることの出来ない空間や時間」です。この中で時間は完全に融合し・空間を飛び越え・死者と生者は同じ言葉を交わすことができる・科学とスピリチュアルが仲良く共存できる。こうした演劇的時空間の想像界に入ることで観客は死者との対話を追体験できるのでしょう。昔のベテラン法曹が書いた随筆を読むと若手は先輩から「良い小説をたくさん読みなさい」と勧められたようです。もちろん小説も良いですが、私は修習生や若手弁護士さんに「良い演劇をたくさん観なさい」とアドバイスしたいと思っています。