■2020年11月09日(Mon) 事業賠償責任保険における損壊概念
 多くの製造企業において事業賠償責任保険が締結されています。この保険商品は以前から販売されていましたが「製造物責任法」が施行されて以降は更に重要性が増しています。近時、事業賠償責任保険における「損壊」概念の解釈適用において1審2審で異なる判断がなされた事案を担当したので紹介します(福岡地裁久留米支部は該当性否定・福岡高裁は該当性肯定)。以下は高裁において当方(控訴人)の主張を取り纏めた準備書面です(若干補正しています)。本稿は最初に「法的に意味のある事実」(要件事実)に絞った議論を展開し(第1)、次に被控訴人の主張を「論じる実益が無いもの」として排斥しています(第2)。
* 本件は地元の保険代理店に補助参加いただきました。代理人として説得的な主張立証をされた細田裕司・福田康亮・田中久仁彦の各先生に深く感謝します。
 
第1 裁判所が結論を導くために不可欠な議論
 1 総説
  控訴人が訴訟物として請求するのは約款第1節にもとづく保険金請求権である。裁判所が検討すべきは約款第1節の解釈と具体的適用である。約款には免責事由も設けられているので抗弁としての免責事由に該当するのか否かも問題となる。以上が必要かつ十分な(要件事実的な)議論の枠組みである。
 2 本件保険約款の解釈(抽象論)
  @ 約款解釈の指針について
   イ 主観的観点と客観的観点
     保険制度と保険契約は区別すべきものであり保険契約には個別契約たる性質がある(江頭憲次郎「商取引法第5版」弘文堂411頁・山下友信「普通契約約款論」法協97巻3号335頁)。したがって契約当事者がいかなる意思で契約を締結していたかは軽視されるべきものではない。特に契約実務を執り行っている代理店がいかなる見解を有していたかという点は(代理人の法律行為の効果が本人に帰属する故に)重要である。ただし保険制度の集団的計画的性質からくる契約の定型的・画一的処理の要請も否定することはできない。それゆえ保険約款の解釈が契約当事者の主観ではなく客観的見地で論じられることになるのは当然である(山下友信「保険法」有斐閣117頁)。言葉を換えて言うならば、約款の解釈適用は(主観的見地ではなく)事実的な基礎にもとづいて論じなければならないということである。
   ロ 実質的観点と形式的観点
     前述した主観的観点を重視すると当事者が望んだ契約の目的たる事実が発生した場合には約款の文言を重視することなく広く保険事故として認識することになる。しかし前述の保険制度の集団的計画的性質からくる契約の定型的・画一的処理の要請をふまえれば約款解釈には形式的な枠があることは否定できない。実質論を重視して契約者保護を徹底しようとする*教授意見書の知見は尊重されるべきであるが、実務家としては約款文言への適用という形をとること(法的構成)は重要な作業であり「滅失・毀損または汚損」という損壊の定義規定に「積極的な意味が無い」というのは行き過ぎだと感じる。約款に「書いてあること」を重視するのは当然である。しかし、この形式的観点は次のことも意味する。すなわち約款は書かれているとおりに読むべきものであり「書かれていないこと」を構成要件として取り込むことは違法だということである。形式的観点の重要性は片面的に論じられてはならない。いずれの当事者からも中立的に論じられなければならないのである。
  A 適用対象となる約款条項の解釈
   イ 「他人の財物」とは何か。
     約款を具体的事案に適用する際に「議論の対象が何か」は恣意的に限定されてはならない。本件約款に於ける「他人の財物」が何かは解釈の幅がありうる。事案によっては何を持って「他人の財物」と見るかで結論が変わってくることもある。裁判所は何が「他人の財物」なのかについて慎重な考察を求められる。
   ロ 「損壊」概念を構成する「汚損・毀損・滅失」とは何か。
     第1節責任が生じる要件としての「損壊」は日常用語ではない。約款上「定義されている概念」である。適用にあたって問題になるのは損壊概念を構成する「汚損」「毀損」「滅失」という各用語の意味である。「損壊」が滅失または毀損または汚損を定義内容とする法的概念である以上、これをそれ以上に別の概念で限定する(内包的意味づけ)をすることはナンセンスである。本件の定義規定は「または」で結ばれている。「かつ」ではない。「損壊」という言葉を日常用語として考えていくと約款自体が文言としておかしい。何故ならば日常用語としての損壊という語は 「そこない・こわすこと」(広辞苑第7版)という漢字2文字を訓読みした字義であるに過ぎないのであって、それは滅失(ほろびうせること・なくなること)毀損(物をこわすこと・物がこわれること・傷を付けること)汚損(よごしたりきずつけたりすること・またそのよごれきず)という言葉群の全体を包括するような用語では全く無いからである。この3つの言葉には違った意味が各々与えられている。「損壊」という用語が滅失または毀損または汚損を外延とする法的概念である以上、約款の「損壊」という概念は日常用語より遥かに広い意味を持つ(注:論理学に於いて「内包」は記号(言葉)が意義とする共通する性質を言い「外延」は記号(言葉)の指す具体的な事象をいう)。「損壊」とは滅失または毀損または汚損を定義内容とする法的概念なのであるから、日常用語の意味では無く上述した<3つの言葉の意味を外延する技術的言葉>だということを肝に命じなければならない。被控訴人のように、これを超えて「損壊」それ自体の内包的意味づけを行うこと(かかる論理操作をすることで記号のカバーする範囲を狭く解釈すること)は不当である。
    @ 「汚損」
      広辞苑で示される「きずつけること」は対象に物理的損傷を与える意味合いが強いものの「よごす」という言葉には物理的損傷という意味合いは低い。それは主観や価値を中核とする言葉である。ただ約款解釈は主観ではなく客観的見地から行われるべきものである。ゆえに「よごす」という概念は客観的に「望ましくない」物質を付着させることをいうと考えるべきことになる。
    A 「毀損」
      毀損が意味する「物をこわすこと・物がこわれること」は物理的イメージが強い。が、広辞苑で例示されている「名誉毀損」の文脈は非物理的な・主観や感情を含む言葉(価値の喪失)として観念されている。したがって、毀損は「物理的な毀損」に限らず広い意味に取られ得る言葉なのであって、この文言的な意味を超えて(形式面を無視して)恣意的に対象を限定するのは完全に間違っている。たとえば対象製品に重要な部品が不可分の一部として符合している場合に、この重要な一部を外してしまうことは「毀損」に該当すると考えられる。あるいは対象に価値の喪失がもたらされた場合に、それが(単なる主観ではなく)客観的基礎を有するものであるならば、「毀損」に該当すると考えられるのである。
    B 「滅失」
      広辞苑で示される「ほろびうせること・なくなること」は日常用語である損壊ではカバーしきれない広がりを持つ。「ほろびうせる」とは物体として存在しなくなるという語感が強いが「なくなる」という用語は盗取・詐取も含みうる。だからこそ本件約款の起草者は括弧書きで(紛失、盗取および詐取を含まない)と付け加えているのである。滅失という言葉自体には「その行為自体で・その行為が為された瞬間に」という語感は感じられない。行為が行われた結果として(一定の時間的経過の後に)物体として存在しなくなる語感を日本語として含む。つまり「滅失」は時間的経過を含む。それは、対象となる行為(問題となる過失行為)と結果が相当因果関係を有するものであるか否かで客観的に判断されるべきものと考えられる。
 3 本件事案の約款該当性(個別事案に絡むので略)
 4 免責事由への非該当(個別事案に絡むので略)
 5 結論
   以上が裁判所が結論を導くに当たって不可欠な議論である。第1節責任を訴訟物とする本件請求が要件事実を満たしていることは明らかである。
第2 被控訴人主張の評価
 1 総説
   被控訴人の主張は「そもそも本件訴訟で論じる実益のある議論なのか」という観点(要件事実的な意味)で見直す必要がある。以下、順に論じる。
 2 保険料の高低について(略・要件事実的に全く意味がない。)
 3 第2節責任との区別について(略・要件事実的に全く意味がない。)
 4 本件約款の沿革と「損壊」概念について
  @ 他社(東京海上火災保険)約款の議論は本件被控訴人の約款を論じるにあたり意味がない。また当該約款は「損壊」を「滅失・破損・汚損」と定義しており本件約款とは異なっている。両者には意味の違いが存在する。
  A 被控訴人が4貢最終行で主張する『「き損」は財物が物理的または化学的に損傷を受けることをいうとされている」の記述は誤って「破損」の解説を引用している。「き損」と「破損」は意味が違うので注意頂きたい。「破損」は「毀損」よりも物理的な侵害の語感が強い(名誉毀損とは言うが名誉破損とは言わない)。本件の約款が意識的に「物理的な損壊」に限定する趣旨で起草されたのであれば、約款の文言としては「破損」「滅失」の2語で足りるはずである。即ち、本件約款は、歴史的な流れの中で現在の「滅失・毀損・汚損」という定義を積極的に(意識的に)採用しているのであって、この歴史的流れを無視してはならない。意識的に「書かれていない」ことを「書かれている」ように読む込むのは違法である。
  B 被控訴人は乙*号証の「物理的な損壊性を要件とし単なる使用不可状態は含めないことになっている」の部分を引用している。しかし前段において「財物損壊は財物の滅失・毀損および汚損をいい、いずれもこれにより財物の価値が消失しまたは減少する事実のことである」として「財物損害」に「滅失・毀損および汚損」を使用した意味を明確にしている。何故に同じ言葉で違う解釈が生まれたか?は前後の文脈および被控訴人提出の他資料により歴史的な背景を読むと判りやすい(中略)。
 先に米国において製造物責任の考え方や製造物賠償責任保険が出来た。その約款を起草する際「価値の消失および減少」を表す言葉として「財物損壊」を「滅失、毀損および汚損」という表現で使用した。これは当時の米国における損害賠償の実情に合わせたものであった。遅れて1957年、日本国内においても米国を模倣した製造物賠償保険が導入された。その保険の目的は生産者に対して生産者の過失に起因する製造物損害賠償を補填しリスクを回避することだった。その際に、米国で表現されている「財物損壊」を「滅失、毀損および汚損」(即ち価値の消失・減少)は法整備の進んでいない当時の日本の損害賠償の実情に合わせて「物理的な損壊性を要件とする」とした。その後、東京海上火災保険においては「物理的な損壊性」を維持するために約款の「毀損」を「破損」とする定義規定の変更を行った。1985年に日本でも製造物責任法が制定された。よって日本において製造物の損害賠償の範囲は「物理的な損壊性」を要件とする、とは言えなくなった。2011年9月に出されたAIU保険事業総合賠償責任保険(STARs)取扱規定によると「法律上の損害賠償責任は、損害賠償責任を規定する法律の制定改訂等に左右されるため法律規定の変化(判例等による解釈の変化も含む)に伴って変化すること」を規定している。
 以上の歴史的背景により、過去において、この保険が「物理的な損壊性」を要件としたのかもしれないが、現時点においては明確に次のことが言える。@業総合賠償責任保険(STARs)は「法律上の損害賠償責任」の課される範囲により適用範囲が変化する保険である。A他の保険会社は「約款の変更」により物理性を強調する表現に変更し、法律上の損害賠償責任のなかで、「物理的な損害性」を強調した事実がある。しかしAIU保険は意識的に約款の文言を変更しなかった。B現在、日本でも「製造物責任に対する法律」が整備されている。
 結論として、米国約款の「滅失、毀損および汚損」の意味・他保険会社の対応(約款変更)・法律上の製造物責任の範囲・AIU保険の事業総合賠償責任保険(STARs)取扱規定の内容を考えると、現在も「滅失、毀損および汚損」が「物理的な損壊性」を意味するとは到底いえない。「製造物損害賠償保険」の約款制作の元となった米国では「価値の消失および減少」の表現として「滅失、毀損および汚損」と表現したようであるが、日本においては法律上の損害賠償請求の内容に鑑みて「滅失」「毀損」「汚損」の概念が各々法律上どう解されるかを議論することが無理のない公平な議論になると思われる。つまり、本件控訴案件に関して言えば日本において法律上の製造物責任を「物理的な損壊性を要件とする」と限定すべきか否か・出来るかどうかであり、控訴人の過失により発生した本件事故(詳細は略)が法律上の損害賠償責任を負う必要があったかどうか、なのである。
  C もしも本件被控訴人に於ける約款制定時において「物理的な」という文言を約款に加えるか否か論じる議論が他社で行われていたとするならば、被控訴人が約款を制定する際に約款にかような概念を意識的に「書いていないこと」が決定的に重要である。構成要件は客観的に読まなければならない。保険会社の利益のため「書かれていない」要件を付け加えて支払を拒むなど、完全に間違っている。前述したとおり実質論を重視すると約款解釈が恣意的に流れる危険がある。約款は書かれているとおりに読むべきものであり、事後的に「書かれていないこと」を取り込むこと(書かれていない「物理的」という要件を付加すること)は完全に違法である。形式的観点の重要性は片面的に論じられてはならないのである。
  D 被控訴人の取扱規程では「法律上の損害賠償責任は損害賠償を規定する法律の制定改定等に左右されるため法律の規定の変化(判例等による解釈の変化を含む)に従って保険責任も変化する」とされる。が、本件保険契約締結時から本件事故までの間に企業の対外的責任が法律上において軽減された変化は存在しない。企業の責任が減少している訳でもないのに約款に書かれていない要件を意図的に加重することにより約款適用範囲を狭く解釈するのは時代に逆行している。
 5 結語
   以上、被控訴人の議論には法的意味が無い。裁判所が結論を導くためには本稿第1の議論で十分である。被控訴人の主張は要件事実的意義が無いのである。

* 福岡高等裁判所は、令和元年10月31日、本件が「損壊」(毀損)に該当することを認め当方請求額の約4分の3の支払いを命じる判決をしました。しかし前提となっている約款の解釈論に不満があり、請求の約4分の1を棄却した部分の判断にも納得できないので最高裁に対し上告受理申立をしました。他方、相手方損保も本件が「損壊」に該当するという判示部分が不満であるとして上告兼上告受理申立をしています。かようにして本件は最高裁判所で審理されることになりました。
* 最高裁は、令和2年10月6日、当方の上告受理申立も・相手方の上告兼上告受理申立も退ける決定をし、福岡高裁判決が確定しました。納得できないのですが、制度上は仕方がありません。私はこれまで「判決は論理に従い鋭角的に為されるべきもの」と思ってきたのですが裁判所はそう考えていないみたいですね(請求の約4分の3の支払いを命じているのだから良いバランスじゃないかという)。