■2021年06月14日(Mon) 5者 148
 数年前のFBへの書き込み。<昔、弁護士会のイメージは現在と全く違っていた。相互扶助を基調としている団体という側面があり、ビョーキの際には見舞いをしたし(見舞金があった記憶)結婚式では執行部が挨拶をすることもあった(祝い金があった記憶)。当時、弁護士会館は無かった。職員さんと良く飲み会をした。親睦旅行に行ったりもした。会員が亡くなった場合は執行部が葬儀に出席し弔辞を読んだ。現役会員が死亡すると他会員に連絡された。故人と面識のある多くの弁護士が葬儀に出席した。私もこういう形で先輩弁護士の死を知って葬儀に参列したことが何度かある。しかし(他弁護士の方はともかく)私は自分が死ぬときには弁護士会に迷惑をかけたくない。死ぬ時点で既に弁護士会を退会していたならば執行部に迷惑はかけないし会葬者も僅かであろう。ゆえに私は自分の先が見えたら退会(出家)し、所属団体との関係でも「自由」になってから死にたいなあと思っています。
 そう。私は弁護士のままで死にたくない。弁護士業務は私の生活の糧であり、私の唯一の職業的属性ですが、私にとって弁護士の仕事だけが人生ではない。弁護士会という組織にも迷惑をかける「現役会員としての死」には抵抗があります。なので死の相当前に弁護士会に退会届を出し単なる1市民として死にたいと思っています。それが何時頃になるのかは良く判らないのですが、仕事していく中で「これ以上仕事を続けたら依頼者に迷惑をかけそうだ」という危惧感を感じたときではないかと私は想像します。昔「ボケ防止のため弁護士を続ける」という言葉を聞いたことがありますけど、私には考えられません。自分の限界を感じたときに退会届を出します。幸い「歴史散歩」という趣味があるので出家(退会)して自由時間が増えることは私にとって苦痛ではありません。というわけで将来出家したら「お別れの会」(生前葬)を開きたいと考えています。近隣の皆様方、多数ご参加くださいね(笑)。
■2021年06月08日(Tue) 芸者 147
 三浦展「非モテ!男性受難の時代」(文春新書)に以下の記述があります。
「最近の学生は『モテる・モテない』をすごく気にするんですよ。」あるとき知り合いの大学教員がそう言った。いつの時代でも若者は異性にモテるかどうかを気にするものだ。だが最近の傾向はちょっと違うらしい。「男のほうが待っているんです。あきらかに女が男を選んでいますから。」時代だね。「嫌われるのが怖いんです。だから不相応な女を狙う男はいませんし、一発ガツンと彼女に言ってやろうって男はいません。怖くて言えないんです。」逆にガツンとやられちゃうんだ。「むしろ女には興味がないってポーズを取る男が増えています。」素直じゃないねえ。「だからイケメンでもキャバクラに行くんです。」キャバクラ嬢でないと男の相手をしてくれないのだ。「就職せずにホストになろうとする奴もいます。」
 最近の若手弁護士は「モテる・モテない」をすごく気にしているように感じます。たしかに弁護士も客商売です。昔から「お金を稼ぎたい」と鼻息を荒くする弁護士は多数存在しました。が「いつの時代も弁護士は世間にモテるかどうかを気にするものだ」とは言いきれなかったのです。何故ならば以前は弁護士数が少なかったので希少価値が認められて多くの弁護士が経済的不安を感じていなかったからです。しかし、時代は変わりました。明らかに「世間の人が弁護士を選ぶ」時代になっています。昔ながらの「一見さんお断り」なんていう弁護士は絶滅しました。そういうスタンスをとっていれば、世間から逆にガツンとやられちゃうのではないでしょうか。私だって「モテには全く興味がない」などという「偽悪的ポーズ」を取る趣味なんてありません(このHPも多くの人に見てもらいたい)。私は「お金を出して自分を飾る」広告宣伝に興味がないだけです。職人気質なので「今の状態を見ていただければ結構」と思っています。事務所が「どっと混む」なんて要らないのです。