■2020年09月18日(Fri) クレーン車追突事故における過失相殺
 国道を原付バイクで低速走行していた学生がクレーン車から追突されて即死する悲惨な事故による損害賠償請求訴訟を受任したことがあります。刑事事件としては「クレーン車からバイクの走行状況が見えなかった」との被疑者の言い分について「合理的な疑い」の存在が排斥できないとして不起訴になりました。民事事件は自賠法があるため原告による被告過失の立証は不要ですが被告から大幅な過失相殺の主張が為されました。この「過失相殺の抗弁」に対して原告側で認否反論した書面です。(若干補正)
* 何故に被告車速度が重要な争点になっているか?というと運転手の死角を補うクレーン車のモニターは車速が一定程度以上になると作動しない(低速時しか写らない)からです。原付バイクの法定速度が時速30キロメートルであるため、被害者が大幅な速度違反をしていたことを強調することで「過失相殺に直結させたい」損保側の思惑もありました。

1 総説(問題の所在)
  検察官は「訴因が特定できない」という理由から刑事責任追求を断念したが、この訴訟は民事責任を追及するものであるから判断構造が異なる。刑事訴訟では注意義務発生の地点・時点・状況を特定し義務違反行為の態様(直近過失)を具体化する必要があるが民事訴訟ではその必要がない。また刑事訴訟は検察官に主張立証責任があり「被告人の弁解」まで考慮した捜査を尽くすことが求められるが民事訴訟では両当事者に主張立証責任が分配される。よって証拠に基づく事実認定の意義と問題点の位置づけが刑事訴訟とは異なってくる。以下ではこれらを意識しながら被告車の速度(2)バイクがクレーン車を追い抜いた位置(3)バイクの進路と接触原因(4)について各々論究する。
2 被告車の速度について
  本件の捜査資料中、乙*号証の作成時期は異質である。それは警察官による遺族への説明の後で実施され、作成された。検察官から警察に対する「指示」がされた気配が感じられる。検察官が本件事案を不起訴処分とするための「言い訳作り」という色彩すらも漂う。
  乙*号証の作成動機は被疑車両が事故現場手前の*店手前の交差点で信号待ちのため停止した可能性が認められたからだという。上記記載の意味は被疑者の弁解プロセスに併せて考慮しておく必要がある。被疑者は当初@本件は追突ではない(被害者の方から勝手にぶつかってきた)A追突時点での被害者の存在を運転席から確認出来ない(死角に入る)という2点を自分の刑事責任を否認する根拠としてきた。が、@についてバスのドライブレコーダーから被害者バイクが事故前にクレーン車より前に出ていることが裏付けられたので撤回せざるを得なかった。Aについては確かに追突時点において運転席からバイクが死角に入ることが確認された。そのため捜査官は過失を裏付ける注意義務と義務違反行為の時点を追突時より前にもってくる必要性に迫られた。ここで被疑者が創作した物語(免責ストーリー)が「自分のクレーン車は時速40キロ近くで走っていた・これより早いスピードでバイクが抜いていった・かようなバイクの存在を認識することは不可能だ」というものであろう。そのため被疑者はB「*店手前の交差点で信号待ちのため停止した・その後全力でアクセルを踏んだので時速40キロメートルくらいになっていた」という弁解を始めたモノと思われる。
 検察官は、被疑者のこの言い分が事実として成り立つか否かを検証すべく、被疑者の言い分に従って走行させる実験をさせてみた。それは合理的な疑いを入れない立証を求められる検察官としての職責であったのかもしれない。が、民事訴訟における証拠の意味は異なる。当然のことながら「被疑者の言い分を前提にした捜査をしたこと」と「それが事故当時の客観的事実であったこと」の間には無限の距離がある。乙*号証は被疑者弁解を検証する趣旨のモノにすぎない。当時の車両速度を「鑑定」するような筋合いのモノでは無い。
 本件「測定」が行われたときに道路は他車両が排除されていたはずである。アクセルを最大に踏み込んで走行させる実験を行う場合に前に車両がいては危険きわまりないからである。実際の事故時において*観光バス(被疑車両の2台前方を走行)は*店手前の交差点で信号待ちのため停止している状況であった。*バス(被疑車両の9台後方を走行)も前方が渋滞停止しているため停止状態であった。上記事故当時の道路状況を裏付ける書証として乙*(ドライブレコーダー)がある。被害車両と被疑車両が同方向に進行している道路が極めて混雑しており、とても「アクセルを最大限に踏み込んで走行させる状況にないこと」が客観的に明らかである。以上の事実は、乙*添付のドライブレコーダーの写真や甲*・甲*・甲*の添付写真からも伺うことができる。本件「測定」時の道路状況と本件「事故時」の道路状況は全く反対なのである。*店は坂の頂上付近にあるので、それを過ぎて以降は事故現場までずっと下り坂である。頂上までであればともかく、下り坂に至っても「アクセルを最大限に踏み込んだ状態の操作を継続させる」という想定が異常なのである。ドライバーは下り坂になる時点でアクセルから足をゆるめエンジンブレーキを機能させるのが通常である。被疑者の弁解を検証する乙*号証の実験方法は極めて異常なモノなのである。
 上記作成方法を正確に認識するならば@は当該条件の下に置ける被告車の「最高速度」を意味することが判る。当該状況下の最高速度が時速*キロメートルということなのである。ゆえに乙*号証は事故時における道路状況に即した被告車の速度を特定する資料としては意味を持たない。混雑した道路状況だった本件事故時においてアクセルを最大限に踏み込んで走行することなどあり得ないことだったからである。乙*号証は検察官が公訴権の行使を躊躇させる材料として「合理的な疑い」を気遣い、それを考慮した証として作成された書証に過ぎない。甲*号証はバスの走行速度を「時速約10キロメートル」と推定している。
3 バイクがクレーン車を追い抜いた位置について
  本件証拠関係でバイクがクレーン車を追い抜いた位置の特定はできない。刑事責任追及においては決定的意義がある。追突時点の過失を訴因として構成できないなら検察官は「直近過失」を基礎づける事実(地点)を遡って特定しなければならないからである。検察官が公訴権の行使を断念したのはこれが大きい。本件は事実が明らかになったから不起訴になったのではなく事実が明らかにならなかったので不起訴になったのである。被告は本件の事実が明らかになっているかの如く主張をしているが意味不明である。
4 バイクの進路と接触原因について
  本件車道外側線(道路上に引かれた白線)と歩道の端との間は狭い。バイクがクレーン車を追い抜いた後いかなる動きをしたかを示す証拠はない。被告はバイクがクレーン車を追い抜いた後で中央に寄ったという主張をしている。が、論理的に考える限り、両者の接近の態様としては@バイクがクレーン側に寄ったAクレーンがバイク側に寄ったB両者が僅かづつ接近する動きをしてこれらが競合した、という態様を考えることができる。本件事故がABではないという直接的な証拠はない(当然のことながら@であるという直接的な証拠もない)。実際に事故現場を歩いてみれば判るが、進行方向道路の車道外側線と歩道右端との間は極めて狭く、排水溝や障害物などがあったりしてバイクが進行するには困難を感じる。当職は事故現場でバイクが進行しているのを10分程度見ていたが、全てのバイクが車道の若干左より(車道外側線より50pないし100数十p程度右側)を走行していた。ゆえに仮に本件においてバイクが低速度の被告クレーン車を左側から追い抜いた後、車道の若干左より(車道外側線より右側)を走行していたとしても、それは「通常のバイクの進行方法」に戻ったに過ぎず、過失相殺事由として斟酌されるべき事実にはならない。

* 事故直後の加害者側任意保険の態度は酷いものでした。「バイク側からクレーン車側に当たってきた」という加害者供述を鵜呑みにして一括対応を拒否した上、自賠責に関しても「重過失減額になるだろう」と嘯くなど、今から考えても腹立たしい醜い対応でした。
* 双方の主張立証が出そろった後、裁判所から過失相殺をゼロとする詳細な和解案が提示されました。判決に近い詳細な事実認定が付され損害評価も認定根拠が示された異例のものです。裁判官の配慮を被害者の両親も十分感じました。被告も応じたので、争いのある交通死亡事件としては異例の尋問前和解が成立しました。和解条項も御両親の心情に配慮して被告による「謝罪」を明示した上、支払名目は「賠償金」としています。
* 本件和解により死者の無念をわずかながら晴らすことが出来ました。が、失われた尊い生命は戻ってきません。突然人生を喪った被害者の御冥福を心よりお祈りします。