■2017年10月16日(Mon) 筑後部会の弁護士過疎(補訂版)
 九州弁護士会連合会の理事になる直前に同会機関誌(九弁連だより05年3月号)に投稿したものです。筑後部会の状況が多少なりともご理解いただけるかと思います。
  (本稿は09年2月27日にアップしていたものですが、相当の時間が経過して賞味期限が
 落ちてきましたので、その後の状況をふまえ補訂しました。)

 私が入会した平成6年時点の筑後部会(当時は久留米部会)登録弁護士数は32名に過ぎませんでした。筑後部会がカバーする地域の広さや経済活動の活発さに比較して弁護士数は明らかに不足しており、部会員数の増加を訴える声は従前より相当強かったと聞きます。
しかし、筑後地域の中心に位置する久留米市ですら思うように弁護士数は増えなかったようです。また質的にも修習終了直後の若手弁護士の登録がなく、会務活動がなかなか活性化できなかった時期も続いたと聞きます。
 しかし、平成6年以降、状況は一変します。46期から57期までの筑後部会への新規登録者(修習修了者)の数は、46期(1)47期(2)48期(2)49期(2)50期(0)51期(3)52期(1)53期(2)54期(1)55期(4)56期(1)57期(4)です。12年で23人ですから、年間2人ペースで若手弁護士が増えたことになります。これは支部としては画期的な数字であり、弁護士過疎に悩む全国の支部地域から注目されたようです。
 かかる背景の下に、私は平成13年1月に「地方都市への弁護士の定着問題」をテーマとして札幌で行われた偏在サミットに招かれ、かかる急速な弁護士増加の事情を以下のとおり報告しました。@若手弁護士が大幅に増加した原因は久留米支部での弁護実務修習が制度化され久留米で実務修習をした者が定着してくれたことにある。A修習生は指導担当者だけでなく筑後部会全体で熱烈に歓迎し、活発な会活動を直接に見てもらった。B福岡県弁全体で推進している法律相談センター(筑後地域だけで5カ所)の運営を見てもらうことにより修習生に法的需要の多さを実感してもらったことも大きいのではないか。
 かかる多数の若手の定着が筑後部会の最大かつ最善の「過疎対策」です。おそらく本当の過疎地域から見れば筑後はもはや過疎地域ではないと言われるかもしれません。日弁連の「ゼロワンマップ」で空白とされている八女支部への公設事務所の設置を巡る議論の対立はこの点の認識の有無に繋がっています。積極説は形式的な弁護士数0という事実や住民の利便性を根拠としており、消極説は久留米からの近さ(車で約30分)や国選事件や管財事件の処理で八女支部が困っていないこと・現在八女支部の民事事件の多くに代理人が就いていること等の実質的な観点を根拠としています。
 この問題は部会制度という福岡県弁護士会の独特のあり方や公設事務所の評価に関する理念的な問題とも絡むため簡単には答えが出そうにありません。もう少し議論を整理しながらあるべき方向性を見いだしていきたいと思っています。
    
* 新登録者は58期(2)59期(3)60期(6)新60期(2)61期(3)新61期(4)62期(1)
 新62期(5)新63期(8)64期(3)です(平成24年4月現在の部会員数は81名)。
* その後の状況。65期(7)66期(8)67期(3)68期(5)69期(3)。
  最近は他会への登録替えも目立つようになりました。一時は100人越えも時間の問題と
 思われた筑後部会ですが、最近は90人台で安定しています(平成29年4月で95名)。
* 平成18年10月に伊藤修一先生が筑後市で新事務所を開設されて八女支部管内はゼ
 ロ地域でなくなりました。平成20年5月に三島正寛先生が柳川市で新事務所を開設されて
 柳川支部管内もゼロ地域ではなくなりました。平成20年11月に篠原一明先生が筑後市で
 開業され、平成20年12月に石川四男美先生が大川市に登録換えされて、両支部はワン
 地域でもなくなりました。以上の経過により筑後地区からゼロワン地域は消滅しました。
* 上記文章を書いた当時、筑後部会が「弁護士過疎」に悩んでいたのは事実です。地裁の
 法廷に行っても本人訴訟が多く見受けられました。が、今や簡裁事件でも双方に代理人が
 多く付いています。過払いバブルも収束し、多くの弁護士が手持ち事件数の減少に悩んで
 いるのが実情です。「過疎」という問題設定も「今や昔」という感を受けます。
* 「司法改革」の熱病も醒めつつあります。本文を書いていた頃、私は筑後部会法律相談
 センター委員長として八女・柳川への公設事務所設置を急かされている状況にありました。
 本文はかかる流れの中で「もう少し時間をかけて検討したい」という苦渋を表現しました。
 当時の「司法改革という気分」に流されない選択をして良かったと思っています。