■2018年10月24日(Wed) 易者 121
 修行中の仕事に関する「残業代」についてFBへの投稿とFB友との議論。
 最近の若い職人(大工など)の中には所定労働時間を意識して残業代を請求する人がいるという。私も法律家のはしくれなので若い人の意識も判らないではないが(法的見地を離れて言えば)修行段階は多くの仕事をこなすことが修練になる。給料をもらえるだけで有り難いというのが昔の感覚であった(私は職人の息子なのだ)。修習を終えてイソ弁(勤務弁護士)になることを「就職」という言葉で呼ぶのは嫌いである。この時期の仕事は「修行」という言葉が相応しい。今のイソ弁は居残り仕事をした場合、ボス弁に「残業代」を請求するのかな?
A 法テラスで残業代請求事件がありました。つまるところ雇用主と被用者の人間関係によるところが大きいのかなと考えます。成果主義の名の下に労働者を都合よく使う社会になったことで、ならばと労働者側もドライに対応する。そこに増えた弁護士がドライに法律を当てはめるとこうなるということではないかと思います。この種の事件では会社側の方が例外なく当該社員に対し「残念である」といった懸念の情を示されていることが多いですね。会社側は「情をかけていたのに」と思っていて、労働者側との意識のギャップを感じて切ないものがあります。
B うちは最初からパートナー扱いの「経営者」です。
C ウチは「業務委託」契約になっていて個人事件受任は自由となっていましたねえ。
D 時代が変わったということなんですかね?
E 私は勤務弁護士を採用したことがないので実感がないのですが「イソ弁」から「残業代」を 請求されたら、かなり複雑な感情を持つだろうなあと想像しています。おそらく早期の独立を 促すことになるのかなと思っています。                     (2017年5月15日)