■2018年10月15日(Mon) 役者 121
 私は役者9で「世界は劇場・人生は演劇・人間は役者」というシェイクスピアのセリフを引用しています。その上で概略こう述べています。「弁護士は役者であるとともに相談者の演じる役者性を眺める観客でもある。相談者は言葉によって自己が属している舞台における役割演技を語る。弁護士は観客席のような場外からある程度突き放して見る工夫が必要。少し距離を置いた視点から<外から見える自分>を意識させることが有効だ。」
 寺山修司は戯曲「毛皮のマリー」で主人公にこう語らせています(角川文庫)。
  「人生はどうせ一幕のお芝居なんだから。あたしはその中でできるだけ良い役を演じたいの。芝居の装置は世の中全部。テーマは、たとえ祖国だろうと革命だろうと、そんなことは知っちゃあいないの。役者はただ自分の役柄に化けるだけ。これはお化け。」
  「世界は何でできてるか考えたことある?表面はたいていウソでできているのよ。人生っていうのはみんなそう。表面はウソだけど中はホントと思うには表がウソだといわなきゃならない。歴史はみんなウソ。去ってゆくものはみんなウソ。あした来る鬼だけがホント!」
  依頼者の多くは真面目な方々です。しかし、その生真面目さが逆に紛争を泥沼化させている場合が見受けられます。ゆえに弁護士はある程度突き放して局面を見る工夫が必要となります。距離を置いた視点から「外から見える自分」を意識してもらうことが有用です。
 みんな多少はウソを付いてきた。過去に言い合ってきたことはみんなウソ。去ってゆくものはみんなウソ。明日の裁判だけがホント!そう軽く考えることが出来れば上手な紛争の解決に一歩近づく。そう考えましょう。弁護士はその中で出来るだけ良い役を演じるべきです。
 芝居の装置は「世の中」全部。みんな「自分の役柄に化けるだけ」です。