■2018年01月05日(Fri) 易者 113
 橘玲氏はブログで次のように述べています。
 戸籍が議論を呼ぶのは国民を「個人」ではなく「家」単位で管理しようとする世界では日本にしかない特殊な制度だからです。これは「普遍的な人権をもつ自由な個人が市民社会をつくりあげる」という近代の理念と相容れません。そのうえ戸籍は過去において「家柄」や「血筋」を判別する目的で広く使われてきました。1980年代までは日本の大手企業は新卒採用にあたって戸籍を入手し被差別部落出身者や在日韓国・朝鮮人の応募者を排除するのを当然としてきました。銀行などが興信所を使って内定者の身辺調査をしていることも公然の秘密でした。いまではどちらも発覚すれば社長が引責辞任するくらいではすまないでしょう。そのため近年では行政は第三者への戸籍の公開を厳しく制限し実務上もできるだけ使わないようにしています。(略)戸籍の公開を強要することへの反発には戸籍と差別が密接に結びついてきた暗い過去があるのです。蓮舫代表を批判する人たちは「この問題は差別とは無関係」と繰り返しますが、関連するネット記事への大量のコメントを見れば「中国」や「韓国」へのヘイト発言を繰り返している人たちが戸籍の公開を求めていることは明らかですから、全く説得力がありません。(2017/8/7)
 戸籍は日本にしかない特殊な制度です。外国にも日本の住民票に類似する登録制度はありますが、国民を「個人」ではなく「家」単位で管理する戸籍制度は日本にしかありません(谷口安平「戸籍法第三版」有斐閣16頁以下)。この戸籍制度の問題点を認識しないで為される「戸籍を公開せよ」とのネット上の扇動はヘイト発言以外の何者でもありません。
 日本社会は(公的には)戸籍に基づく差別を否定しています。が、ネットには部落差別・人種差別・国籍差別・性差別など「不満を他者に向けることによってカタルシスを得ようとする暗い情念」が満ちています。戸籍と差別が結びついていた暗い過去が想起されるべきです。