■2017年12月22日(Fri) 学者 113
 中村修治さんはコラムでこう書かれています。
 少年犯罪データベースによると昭和30年代後半≒「三丁目の夕日」の街で起こる未成年の殺人犯罪率は現在の3倍以上なのである。(略)日本は治安が悪くなった・凶悪犯罪が増えたと騒いでいるが、人口10万人あたりの殺人発生率を見ると、日本が0・62人。アメリカはその約10倍の6・8人。お隣の韓国は約2・5倍の1・62人。南アフリカに至っては約120倍の75・3人だ。(略)世界一というほど殺人発生率は少ないのに、世界一というほど殺人事件を報道する国が日本というわけだ。少年犯罪をゲーム体験等によるバーチャル世代の犯罪とマスコミは決めつけるが私達自体が「異常殺人ばかり」というマスコミの作り出したバーチャルに嵌まっているという認識を持った方が健全である。(略)日本は決して犯罪大国ではない。交通事故も犯罪件数も全部減っている。増え続けているのは「犯罪の報道の量」と「大人たちの未来なき悲観論」と「自殺者」である。現在が悪なのではなく、それを見る目・伝える手が粗悪になったのだ。かつての貧しさや不幸を是とせず、これからの貧しさや不幸を想像もせず、他人事のように現在の貧しさと不幸を糾弾する。現在の日本に足りないのは「自分はこれからも貧しい人間になることがあり得る」という想像力。「自分も犯罪の加害者になることがあり得る」という想像力。「平凡に生きる」ことへの寛容である。(引用終)
 指摘されているとおり、私たちが体感している社会意識の多くは操作されたものです。その大部分は(自分の実体験ではなく)マスコミによって形成された印象に過ぎません。マスコミに踊らされずに目の前の具体的事象に向き合う・社会全体を論じる場合には実証的なデータをふまえる。それが<大人としての法律家>の作法であり役割です。
 弁護士が世間に訴えるべきなのは「自分も貧困に陥ること・犯罪を犯すことがあり得るという想像力」と「人間は他人に迷惑を掛けない限りは自由であるという寛容力」でしょう。