■2019年01月21日(Mon) 5者 124
 日常業務と哲学の関係について中村多美子弁護士(大分)とFB上で対話。
H 世間から見れば哲学は「無駄な営み」ですね。学者も「哲学が必要となるのは大事件や特殊事件だけであり、普通のありふれた事件は哲学とは関係がない」と考えているのでは?
N 哲学を「学問」として研究しようとすればそうかもしれませんね。私は著名事件をやったり運動をがんばったりしない、地べたを這うような事件ばかりやってる田舎弁護士ですが、死にものぐるいの当事者が放つ「問い」には法について真摯に考えさせられる内容があると思っています。法学研究者はアブノーマルばかり見ているような気がします。私たち法律家にとって法の日常の光景は無名な無数の事件の中にあり「当事者との対話を通じて法の日常を成り立たせているものを再考すること」の繰り返しが私にとっての「法哲学」です。
H そうそう。私たちにとっての「ノーマルな(日常的な)法の事件」って判例雑誌には載らないんですよね。あまりに当たり前すぎてニュースバリューがないんです。でも「当たり前の世界」こそ哲学的探求対象であることを認識させてくれるのも「哲学」なんですね。
N はい。そういう事情で「法の日常」は研究者にとっては暗黙知になっているようです。
H 難しい言葉で言えば普通の弁護士が普通に扱っている普通の事件の「現象学的考察」が必要なのだろうと私は考えています。
N 私がやろうとしているのが、まさにそれ、です。(2016/11/19)
 西洋に「神は細部に宿る」という格言があります。もじって言えば「法は普通に宿る」と私は感じます。事件を解く鍵は「事件になる前の日常性の分析」にあります。複雑な事件を解決する鍵も「ありふれた事件の普通の解決方法の認識」にあります。法律家にとって最も分析を必要とする「法の日常の光景」は普通のありふれた出来事の中にこそ存在するのですね。
■2019年01月16日(Wed) 芸者 123
 hisatotagushi氏はネット上でこう述べています。
  1 女性にとって会話は心のやりとりだが、男性にとって会話は情報のやりとり
  2 女性は考えがまとまらないから話し、男性は考えがまとまったら話す
  3 女性は全て聞きたいと思うが、男性は全て話す必要は無いと思う
  4 女性は悩みを聞いて欲しいだけなのに、男性は悩みを解決しようとする
  5 女性は言わなくても判って欲しいのに、男性は何も言わなければ大丈夫だと思う
 だからいつまでも男女はすれ違う。 (2016/10/14)
 上記文章は弁護士と相談者の関係に置換できます。
  1 相談者にとって会話は心のやりとりだが、弁護士にとって会話は情報のやりとり
  2 相談者は考えがまとまらないから話し、弁護士は考えがまとまってから話す
  3 相談者は全てを話したいと思うが、弁護士は全て聞く必要は無いと思っている
  4 相談者は悩みを聞いて欲しいだけなのに、弁護士は悩みを解決しようとしている
  5 相談者は言わなくても判って欲しいのに、弁護士は言われなければ判らないと考える
 だからいつまでも弁護士と相談者はすれ違う。
 上記女性(相談者)と男性(弁護士)はメタファーです。その前提の上で上記規範と帰結文を読むと弁護士に有意義な教訓が感じられます。同じ話をしていても相談者と弁護士にとって意味は違います。そのことを意識しているか否か?で相談者との接し方は変わってきます。弁護士は要件事実の確認に向けた「情報の交換」としての<対話>を求めますが、相談者は「心のやりとり」としての<会話>を求めていることを少し意識しましょう。
■2019年01月11日(Fri) 易者 123
 鏡リュウジ「『占い脳』でかしこく生きる」河出書房新社に以下の記述がある。
 占いの方法論や異文化を知ることで、いろんな考え方を知ることが出来ます。いろんな考え方を身に付ければ「この考え方は未来の方が良いと思っている進化論的な火のタイプの哲学者が考えたんじゃないか」といったような推理できる力が身につきます。いろんな考え方があること・ひとつの言葉に縛られなくていいんだってこと・逆に相手の考え方のパターンや、今、自分が置かれている状況を理解するひとつのモノサシとして占いを使うことが出来るかもしれないという視点を持つことが出来ます。そのモノサシ自体が、どのモノサシか、を考えるような力が付くといいですよね。相手やまわりに合わせていればいいのではなく、ひとまず自分が大事ってとこからスタートしないと視点すら持てないままなのです。(201頁)
 成人になったばかりの君に次の言葉をプレゼントしよう。
 子供は法律と無関係に生きているけど大人はそうはいかない。大人は法的思考や方法論を知ることによってこそ社会生活を円滑に送ることが出来る。法的な思考を身に付ければ「この問題は相手方の主張に無理があるんじゃないか?この問題は自分側が譲るべき問題じゃないか?」といった客観的に推理できる力が身につく。法律問題の答えは1つではないんだ。大人になると法律問題には複数の考え方があること・ひとつの視点に縛られなくていいんだってことが判る。相手の考え方のパターンや自分が置かれている状況を理解するモノサシとして法律を使うことも出来る。早く大人になって、法的なモノサシが人や状況によって変わる相対的なものだって考えられる力が付くといいね。相手や周囲に合わせていればいいのではなく自分の利害だけを押しつけるのでもなく、自分と周りの距離感を図る道具としての法的思考を活用することができれば人生はグッと楽になる。僕はそう思っています。