■2017年12月08日(Fri) 5者113
 作家・高村薫氏は次のように嘆いておられます。(毎日新聞・16/3/13)
 ひるがえって、私たちはいつの頃からか、生命や社会や人生について、抽象的な思考をしなくなったのではないだろうか。「人間とは」と言いだすだけで「ドン引き」される今の時代。もてはやされるのは日常の小さな仕合わせや・ささやかな暮らしの風景や・心温まる小さな生きものたちの物語などである。そこでは人間の一生は、日々の暮らしの送り方や・手づくりのご飯や・食卓に生けた一輪の花などに還元される。もっと言えば個々人の生活感覚や価値観へと矮小化される。(略)今日、私たちはネットを通して自分に必要な情報を・必要なだけ入手するようになった。そうして個々に興味のある情報だけを効率的に収集することで個人や仲間内の関心事だけで満たされた快適な暮らしが出来上がるが、それは抽象的な思考や公共への関心とは無縁の暮らしと言える。もっとも、社会や他者への無関心と引き換えに足もとの小さな仕合わせがやたらにクローズアップされる今日の風潮は、私たちの隠れた不安を映しているのかもしれない。(略)かくして「生きるとは」「人間とは」などと哲学するより猫でも眺めて癒やされたいというのが今の時代であれば、なるほど小説が売れないはずである。
 弁護士も生命や社会や人生について抽象的な思考をしなくなったのではないでしょうか?
「正義とは」と言いだすだけで「ドン引き」される今の時代。もてはやされるのは要件事実のマニュアルであり・専門性の向上であり・マーケティングです。若い弁護士はぶ厚い体系書ではなくネットを通し必要な情報だけを入手するようになりました。直ぐ役に立つ知識だけが効率的に収集されています。それは抽象的思考や公共への関心とは無縁の法律家人生です。 かくして「公共性とは何か」「正義とは何か」などと哲学するよりもスマホでも眺めて癒やされたいというのが今の時代なのでしょうか?なるほど法律学の体系書が売れないはずです。
■2017年12月04日(Mon) 芸者 112
 「本質観取」とは哲学者フッサールが現象学という自分の方法論で提唱した観念です。ある概念(コンセプト)の核心を「人々が共感できる言葉」で取り出すことを言います。
 藤野美奈子氏は「不美人論」(径書房)において大胆にも<美人の本質観取>を次のように提示しています(231頁・若干、整理統合しています)。
        1 男に征服の喜び・頑張る気持ちを与えることが出来る。
        2 男の虚栄心を満たすことが出来る(世間に対してアピール)。
        3 楽して金持ちになれる可能性が大。
        4 ヒロインになれるというロマンが持てる。
        5 ちやほやされる・男性に歓迎される・貢いでもらえる。
        6 オシャレが楽しい(やりがいがある)。
        7 女性からも一目置かれる(けっこう重要な要素)。
        8 気に掛けてもらえる(世間が親切で優しい)。
        9 たいがいのことは許される(若い時のみ)
       10 マイペースで良い・笑わなくて良い(ブスは笑顔が義務)。
 昔、司試受験生にとって「司法試験合格」は征服の喜び・頑張る気持ちを与えるものでした。受かってさえしまえば金持ちになれる可能性が大でした。ヒーロー・ヒロインになれるロマンがありました。世間からちやほやされ・歓迎され・稼げる幻想がありました。楽しく勉強もできました。皆から一目置かれ・気に掛けてもらえました。修習生はたいがいのことが許されました。世間に媚びずに済みました。要するに修習生と弁護士は「美人」だったのです。
 現在、弁護士業務から上記した本質観取は消滅しつつあります。今後の弁護士は世間から厳しい視線に曝される「不美人」の悲哀を背負っていかなければならないのでしょうか。