■2018年09月19日(Wed) 易者 120
 私は双子座の生まれです。鏡リュウジ「『占い脳』でかしこく生きる」(河出書房新社)に書かれている双子座の記述を読んでみました。とても興味深く感じます。
(星座の由来)
 双子座は仲の良いカストルとポルックスの姿が星座になったものといわれています。2人とも人間であるスパルタの女王レダから生まれますが、父親は違いました。カストルは神々の王ゼウスの血を引いたので不死。ポルックスの父はレダの夫で、人間だったので、いつかは死ぬ運命にありました。ポルックスが戦で命を落としたとき、カストルは神々に対し自分も死ねる体にしてくれと申し出ます。この兄弟愛に感動した神々は双子を天に上げたのでした。
(星がささやくあなたの性格)
 双子座のモデルとなったカストルとポルックスは、一方が不死で一方が死ぬべき運命にありました。もしも、あなたが大人になりたくないと心のどこかで願っているとすれば、それは魂の「不死の部分」を意識しているからこそ。しかし双子の2人のどちらの要素も持つあなたは光と闇・善と悪・男と女など、対照的なものをどちらも知っている賢い人です。双子座が研究・調査リサーチ・翻訳などに力を発揮するのはそのためです。(130頁)
 一般に占いには「バーナム効果」が認められています(易者36・10/4/1)。誰にでも当てはまると思われる記述を「これこそがあなたの結果です」といって示されると、多くの人々がそれを単純に受け入れてしまう効果のことです。それを意識している私ですら、上記の記述にはドキッとしてしまいます。私はこのコラムにおいて「複眼的な認識」の意義を繰り返し述べてきました。読書と経験にもとづく知見と自分では考えていたのですが、それが「双子座生まれに由来する生来的なものだ」と言われると、神秘的なものを感じてしまいます(笑)。
■2018年09月13日(Thu) 役者 120
 映画「おやすみなさいを言いたくて」(2013ノルウェー他)を拝見(2015/10/4)。
(紹介)報道写真家レベッカは死と隣り合わせの中で写真を撮り続けている。彼女が精力的に仕事に取り組めるのは理解ある夫と子供2人のおかげだった。カブールの取材で自爆テロに命を落としかけた彼女が帰国すると夫は自分も含め家族が大変な状況になっているとして仕事を控えるように告げる。思春期の長女もレベッカと対立する。そんな中で長女がアフリカの難民キャンプを取材する仕事に同行することになる。事前情報では安全なはずだった、そのキャンプで突然の銃撃戦が始まり、2人は何とか脱出する。帰国後長女はしばらく精神的に不安定になる。事実を知った夫は離婚を言い渡す。が、長女が学校でキャンプの報告をする際に母の仕事の意義(世界の紛争や難民の真実を世界に伝えること)を述べてくれたことで、レベッカは救われ、仕事を続ける決意をする。
(感想)仕事と家庭の両立という難題をアカデミー賞女優であるジュリエット・ビノシュが見事に表現している。監督は元報道写真家エーリク・ポッペ。実体験に基づく葛藤を脚本の下書きにしている。仕事がうまくいっていても家庭が大丈夫とは限らないし、家庭が大丈夫でも仕事が上手くいくとは限らない。世界中の大人の永遠の課題である。
 弁護士が扱う「事件」において仕事と家庭の葛藤が含まれていることがあります。レベッカのように仕事に危険性が含まれている場合、その葛藤は高度なものでしょう。他方で弁護士の「私生活」も仕事と家庭の葛藤が問題になることが多々あります。仕事自体に危険性が含まれているという側面も否定できません。両者を折り合わせる地道な努力や継続的な工夫が必要です。こういった努力や工夫こそが「世界中の大人の永遠の課題」なのでしょうね。
■2018年09月07日(Fri) 学者 120
 哲学者は科学とかけ離れた世界を論じているように思われがちですが、事実は逆です。優れた哲学者ほど、同時代の最先端科学を考察対象としています。たとえばデカルトは「医学」カントは「物理学」ハイデガーは「生物学」から、各々大きい影響を受けました。
 ユクスキュルは名著「生物から見た世界」(岩波文庫)の前文でこう述べています。
 行動主義心理学者の見解によると、われわれの感情やわれわれの意志は外見だけのものに過ぎず、せいぜい邪魔な雑音だと評価されるのが落ちである。しかし、われわれの感覚器官がわれわれの知覚に先立ち、われわれの運動器官がわれわれの働きかけに役立っているのではないかと考える人は、動物にも単に機械のような構造を見るだけではなく、それらの器官に組み込まれた機械操作係(Maschinist)を発見するであろう。われわれ自身がわれわれの身体に組み込まれているのと同じように。するとその人は、動物は単なる客体ではなく、知覚とその作用とをその本質的な活動とする主体だと見なすことになるであろう。しかし、そうなれば環世界に通じる門は既に開かれていることになる。なぜなら主体が知覚するものは全てその知覚世界(Merkwelt)になり、作用するものは全てその作用世界(Wirkwelt)になるからである。知覚世界と作用世界が連れ立って「環世界」(Umweit)という1つの完結した全体を作り上げているのだ。(7頁)
 ユクスキュルの提言を生物学会は黙殺しました。が、この斬新な発想はコンラッド・ローレンツなど次世代の生物学者に受け継がれるとともに現象学的存在論を展開したハイデガーに強い影響を与えました(木田元「ハイデガー『存在と時間』の構築」岩波現代文庫45頁)。
 「他人を理解する」とは、その人が属する世界のあり方を意識し、我が身に引きつけて「了解可能性」の物語を構築することです。弁護士にとっても不可欠の技法だと私は感じています。