■2019年10月11日(Fri) 学者 131
 鈴木光司氏は「なぜ勉強するのか」(ソフトバンク新書)でこう述べています。
 大学時代は興味のある授業には何でも出席しました。良い成績での卒業が目的ではなく全ては作家になるためのトレーニングでした。とりわけ哲学には興味を覚えたので沢田充茂先生の科学哲学のゼミに入りました。科学哲学は科学的手法を応用した論理実証主義で、カントの時代には「ここからは神の領域だから判らない」と言われていたところまで踏み込んで現代社会における人間の存在を深く理解しようとする学問です。学ぶ上では物理や進化論とか分子生物学、遺伝学など様々な生命科学、場の理論や複雑系など先端科学についての理解が必要となります。(略)ですから、科学を知ることなしに人間の本姓を考えたり哲学を論じるのは不可能とも言えます。ギリシャ時代から哲学者はイコール物理学者・数学者でもあったのですから、考えるまでもなくこれは当然のことなのです。(29頁)
 私は学生時代に強い目的意識をもっていなかったので職業を意識した勉強をほとんど行わずに過ごしました。少しばかり哲学をかじってはみたものの、1人で日本語訳の書籍を若干読んだ程度です。それでも自分に幸いだったのは(高校生の頃理系クラスだったおかげで)自然科学にも多少の親しみを覚えていたこと。現代哲学を深く学ぶためには様々な先端的な科学分野についての入門的理解が多少は必要となります。それらに興味を持っているか・否かで現代哲学についての理解は大いに異なってくることになります。これは法律実務にも言えることです。法律実務を踏み込んで理解するためには自然科学に対する理解が(ある程度)必要です。「ここからは理科系領域だから自分には判らない」という逃げ口上は通じません。現代社会における法律問題を理解し解明するために理科系的な勉強もしていきましょう。
■2019年10月07日(Mon) 医者 131
 五木寛之氏は養生の基本を3つの「休め」とされています(五木寛之「なるだけ医者に頼らず生きるために私が実践している100の習慣」中経文庫29頁以下)。
1 「気休め」
  私たちはストレスのなかに生きているわけですから、自分がホッとするような時間、くつろげる時間をもつことが大事です。「病は気から」というように「気」を「休める」ことは大事です。私の養生生活の基本は「全ての健康法は気休め」という考えから出発しています。
2 「骨休め」
  骨は体や筋肉を支えているだけではなく免疫細胞のような大事なものも生産しています。無理な負担をかけず骨を休ませることが大事です。私は骨休めを「ふだんは縦になっている骨を横になって休ませること」だと考えています。
3 「箸休め」
  人は1日1食で十分と提唱している本がベストセラーになりました。1週間の内、1日くらい食べない日があっても良い。常に食べているのは体に良くないことです。(引用終)
 これらの習慣は病気と「戦わない」東洋的見地にもとづく養生です。病気にならないための実践的な知恵です。ただし人間は怪我をしますし急性疾患もあります。怪我や病気と「戦う」ための西洋医学的見識も必要です。両者の<複眼的な思考>が不可欠です。
 法律実務は社会的に戦う見地を根底に有しています。たしかに怪我や急性疾患に対しては戦いを挑まなければなりません。しかし長い目で見た場合に「何が依頼者の幸福なのか?」は要件事実では決められません。法律に頼らず社会生活を営む見方も必要です。